プロローグ

　「昨日読んだ新聞の夕刊で心に残った記事があったんだ。聴いてくれる？」

ぼくは、みんなに呼びかける。

ジャパンフレネで毎日行われる『ザ・プレゼン』の授業でのことだ。

※　ザ・プレゼン

　経験したこと、感じたこと、興味を持ったことなどなんでもいい。みんなの前で発表し、その内容をつなげ発展させていく授業。テーマや内容は、自由。

『半年あなたを思う　3.11大震災』　―朝日新聞　9月21日夕刊一面

　（前略）多くの住民が避難している間に津波にのみ込まれた岩手県釜石市の「鵜住居地区防災センター」では、折りたたみ式の机でこしらえた祭壇に少女が焼香に訪れた。母と兄を亡くした菊池風音ちゃん（4）。震災当初は「お母さんとお兄ちゃん遅いねえ」と話していたが、最近は言わなくなったという。（後略）

　折りたたみ式の机でこしらえた祭壇のろうそくに線香をかかげるあどけない風音ちゃんのカラー写真も掲載されている。この記事を読み、ぼくは泣いた・・・。ジャパンフレネの子ども達に読み聞かせているときも泣いた・・・。そして、この文章を書いている今も泣いている・・・。涙を流しているぼくを見てジャパンフレネの子ども達は、きょとんとしていた。

たった14文字の文章、「お母さんとお兄ちゃん遅いねえ」がぼくの心の中に染み透る・・・。

幼い風音ちゃんは、お母さんとお兄ちゃんの死をまだ認識できない。そもそも『死』という概念も持っていないだろう。いつまで経っても帰ってこないお母さんとおにいちゃん・・・。

なんとなくもう帰ってこない・・・、もう戻ってこないということを周りの様子で知ったのだろうか・・・。お父さんがそのことを伝えたのだろうか・・・。大震災と津波の時、風音ちゃんはどこにいたのだろう・・・。お母さんとお兄ちゃんはどこにいたのだろう・・・。三人一緒に逃げたのだろうか・・・。お母さんとお兄ちゃんがいなくなり、風音ちゃんは今、どうしているのだろうか・・・。どのように生きていくのだろうか・・・。様々な想像がぼくの心によぎっていく。

　悲しみを忘れるのに時間がかかるという人がいる。時間の経過が悲しみを癒してくれるという人もいる。が、はたしてどうであろうか？

まだ四才の風音ちゃんに自我が芽生える頃、お母さんやお兄ちゃんがいないという現実をどう受け止め、それをどう超えていくのだろう・・・。お母さんとお兄ちゃんがいないという喪失感をどう埋めていくのだろう・・・。思えば思うほど風音ちゃんのことが忘れられなくなる。一年後、五年後、そして十年後・・・。ぼくに何ができるというのだろうか・・・。

　風音ちゃんの記事を読み、同時に広がっていったのは、あの荒涼とした風景だった・・・。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（続く）