デイリーフレネ

NO 1656 小説『記憶』という名のあなたをたずねて(5)

   小説 『記憶』という名のあなたをたずねて(5)

               ―北野 洋(きたのひろし)の記憶と希望


エピローグ

北野は、頭を抱えている。いい詞が浮かばないのだ。酒と女と涙とため息で幾つかのヒットを生み出したけれど・・・。演歌の作詞家として生きていくか、それとも・・・。

1971年、さっちゃんと別れてから大学をドロップアウトし、関西を数年放浪・・・。

新宿ゴールデン街で知り合った芸能プロダクションの女性マネージャーに拾われ、何とか作詞家として生きてきたが、演歌の時代は、昭和と共に過ぎ去った。

青春とは、思い出で語るものではないというけれど、その思い出が記憶されていなければ、未来の展望も、いかに今を充実して生きているかという比較も生まれてこない。

 

もう一度原点に帰ろう。1969年の『希望』の時代に。

今の北野にとって、昔を思い出し『記憶』を呼び戻すことが『希望』につながるに違いない。自分にとって都合のいい『記憶』だけが『希望』につながるのではない。

むしろ、都合の悪い『記憶』こそが『希望』なのかもしれない。

 

藤田 敏夫が作詞した『希望』、実はこの歌詞の三番が岸洋子とフォー・セインツではかなり違っている。


【岸洋子の三番】
希望という名の あなたをたずねて
寒い夜更けに また汽車に乗る
悲しみだけが わたしのみちづれ
となりの席に あなたがいれば
涙ぐむとき そのとき聞こえる
希望という名の あなたのあの歌
そうよあなたに また逢うために
わたしの旅は いままたはじまる

【フォー・セインツの三番】
希望という名の あなたをたずねて
涙ぐみつつ また汽車に乗る
なぜ今わたしは 生きているのか
そのとき歌が 低く聞える
なつかしい歌が あなたのあの歌
希望という名の マーチがひびく
そうよあなたに また逢うために
わたしの旅は いままたはじまる


北野は、フォーセインツの歌詞が好きだ。岸洋子の歌詞のように情緒的ではない歌詞が好きだ。

なぜ今わたしは 生きているのか→過去の記憶と現状のフィードバック

そのとき歌が 低く聞える→記憶の覚醒

なつかしい歌が あなたのあの歌→記憶の覚醒
希望という名の マーチがひびく→記憶から希望への拡充

 

北野は、今は亡き父親が遺してくれた多数のアルバムを紐解く。

そこには、父親の夢と希望が詰まった北野の写真・・・。昭和20年代後半から30年代前半の日本がまだ貧しかった時代の写真。記憶の片隅に残る風景としての写真・・・。

北野は追想としてアルバムをめくっていたが、一枚の写真を凝視している自分に気がついた。舗装されていない砂利だらけの道。集乳場の平屋の建物。その前に積み上げられている薪の山。荒縄の輪の中に5人の子ども。おそらく、汽車ごっこをしているのだろう。一番前は、北野の弟。なんと!裸足だ・・・。二番目と四番目は、北野の家のはす向かいに住んでいたじゅんちゃんとあっちゃんの兄弟。三番目に大声を出している北野が映っている。「出発!」とでも叫んでいるのだろうか。よく見ると、北野はゴムの短靴を左右あべこべに履いている。最後尾は、一番年上のよしこちゃん。当時、小学校の4年生くらいだった。


古い記憶がふつふつとよみがえる・・・。

ああ、何て悲しい時代だったのだろう。麗しい記憶だけではなかった。じゅんちゃんとあっこちゃん兄弟は、この数年後、北見市から十勝の池田町まで走る地北線のどこかの町に引っ越していった。としこちゃんもある日気がついたら、としこちゃんの家、小さな商店だったが空き家になっていた。

大きくなって気づいたが、よっこちゃん達兄弟の父親は、勤務していた会社で不祥事を起こして引っ越し、としこちゃんの家も店が倒産し夜逃げしたのだった。

 

過去の記憶をベースに詞を書いてきたけれど、北野は、封印されていた1949年から1969年にフィードバックしようと思っている。

『記憶』を『希望』にオーバーラップすることにより、人生の『希望』の詞が生まれるに違いない。


  悲しみという記憶を変換する『希望』という詞が・・・。
                             (完)

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