No1672 小説『お行儀―佳子と北野洋の場合』(5)
エピローグ
北野は、札幌に帰ってきた。佳子も老いた母も、もういない札幌に・・・。
皮肉なことに北野の勤務している大手予備校が札幌予備校を買収し、北野は望んではいない札幌に転勤してきた。贖罪、懺悔、斬鬼・・・、どの言葉も当てはまらない。
スマホの着信音が鳴る。ディスプレーを見てみると、沖縄に移住した教え子の萌香からだった。
「キタノン!沖縄の萌香だよ。なに?札幌に転勤したんだって?どうして?キタノンももうじき60近くになるんだから、暖かい土地の方がいいんじゃないの。萌香のこと、あんまり放っておくと、お行儀が悪くなっちゃうよ。キタノンは萌香のことを好きだったんだから、ずっと好きのままじゃなきゃだめだよ。沖縄に移住してきなよ。じゃあねえ!」
一方的に喋り捲る屈託のないシングルマザーの萌香。独身の北野の娘のような存在だ。
お行儀が悪くなれるほうがいい。佳子はどうだったのだろう?人が心に思うことは、誰にもわからないし、それを止めることもできない。
アイスクリーム
アイスクリーム
アイスクリーム
あたしの恋人よ
あんまりながくほっておくと
お行儀がわるくなる
衣巻省二作詞 高田渡作曲
あの時、佳子と一緒に札幌に帰っていたら、北野は佳子と結婚していたかもしれない。
ご飯をこぼす北野を見て、佳子は「大丈夫、大丈夫。朔太郎もそうだったのだから。新聞紙を敷けばいいだけ」と笑っていたに違いない。それが幸せなのかもしれない。
そうだ、沖縄に行くのもいいかもなあ・・・。
北野は、そう思う。萌香のお行儀があまり悪くならないうちに・・・。
―完―