No1671 小説『お行儀―佳子と北野洋の場合』(4)2018.11.20
Part 4 1997 東京 西麻布
結論を急ごう。北野は、佳子と一緒に札幌に帰らなかった。
何がそうさせたのか、北野にも明確なこたえがない。青年は荒野を目指さなければならないという青臭さ、そして、今、佳子の言うように一緒に札幌に帰れば、北野の人生はそこがゴールになってしまうという自分自身に対する恐れ。
北野は、結局、その後も佳子とは一切の連絡を絶った。佳子は翌年1970年の三月、札幌に戻り、その後の消息も互いに途絶えた。
年老いた北野の母親は、今でも話す。
「洋、お母さんはお前と佳子ちゃんは結婚するものとずっと思っていたよ。あんないい子をどうして放っていたんだい」
政治の季節が終わり、仲間のほとんどは大学に戻り、お決まりのルートに乗っかっていった。それを潔しとしない北野は、大学をドロップアウトし、数年間、関西の共同体を放浪し、東京の大手予備校の国語講師として拾われた。
札幌予備校の仲間とは、時々会う。
その年のお盆休み、久しぶりに東京で予備校の仲間数人と一献酌み交わすことになった。
今は函館で精神科の開業医をしている田代の学会出席に合わせ、西麻布にある北野の教え子の蕎麦屋に集合。みんな、ひとかどの人間になっている。
田代のくちゃくちゃは、もう見られない。
「北野、お前のガールフレンドだった佳子ちゃんのこと、覚えているか?」
すっかり標準語になっている田代の言葉に、北野は、遠い昔を思い出した。
【田代の話】
今年の三月だったかな、俺の病院に一人の女性が連れ合いに付き添われてやってきたんだ。げっそり痩せて、目も虚ろ・・・。苗字が違っているので同じ佳子でも、あの佳子ちゃんとは思わなかったよ。よくよく話を聞いてみると、札幌の豊平駅近くに住んでいたあの佳子ちゃんだったよ。
彼女、短大を卒業してすぐにキリスト教会で今の連れ合いと知り合い、すぐに結婚したそうだ。連れ合い?学校の教師だよ。子どもはいないって。どういうわけか、子どもを作ることを拒んでいた節があるって。あ、これは、連れ合いの話。
いつもどこか遠くを見ているようで、何不自由ない生活なのに、充足していないっていうのかなあ・・・。昨年の暮れころから、布団は畳まない、料理も掃除も手につかない状態になって、一日のほとんどが寝たきり。うん、典型的なうつ病だよね。あのまじめでお行儀が良かった佳子ちゃんだよ。
薬を処方して様子を見るように伝えたんだけれど、今年の五月、ふらふらと外に出て、それっきり・・・。一か月後、連れ合いが俺の所にやってきていうことには、札幌の豊平付近で身元不明の行き倒れがあって、それが佳子ちゃんだったって・・・。
北野、お前はすぐ東京に出て佳子ちゃんとも連絡つかなくなったと思うけれど、いったい何があったんだろうね?あんないい子がいなくなっちゃうなんて・・・。人の幸せは一体何かって考えちゃうよ。俺のくちゃくちゃをやんわりと教えてくれた佳子ちゃんだよ。
今夜は、飲もうぜ!
―続く―