デイリーフレネ

NO 1675 阿部進への道 ― 過去への課題 (3) 2018.12.06


PART2 〈 阿部進・板倉聖宜・遠山啓 〉への道

                       ―楽しいだけでいいじゃないか

 

A 楽しくて、わかる授業

B 楽しくなくて、わかる授業

C 楽しくて、わからない授業

D 楽しくなくて、わからない授業

 

ある研究会での一コマ。

「どの授業がだめで、どの授業がいいか、ランクをつけてみてください」

 

大方の人は、次のように考えます。

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楽しくなくて、わからない授業が最低だという事です。

「ぼくは、楽しくて、わかる授業なんて信じられないよ」

こういう人のランク付けは、こうなります。

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「楽しくて、わからない授業って、追及したくなるよね」

 

仮説実験授業研究会代表の板倉聖宜は、楽しくなくて、わかる授業が最低だと言う。

 

―いつの時代でも、社会の指導者たちは、「自分の教育目標が〈分かる授業〉」を目指しています。しかし、「それらの教育目標が、分かるに値しない」と感ずる子どもたちは。そういう授業を〈苦痛な授業〉と受け止めます。自分たちが学ぶに値すると思えるような授業だけが〈楽しい授業〉になり得るのです。そういう意味で〈楽しくなくても分かる授業〉というのは、子ども・学習者の人権を無視した授業なのです。

『仮説実験授業の考え方―アマチュア精神の復権』1996板倉聖宜(仮説社)

 

実は、同じようなことを阿部進も言っている。

阿部―僕は一貫して変わっていない。その基準は、おもしろいかおもしろくないかというだけのこと。(中略)僕らの事務所のところで麻布科学実験教室というのをやっています。(中略)この教室は、おもしろいから、自分の居場所があるから来る、ただそれだけのことです。そのおもしろさを作り出していることの一つに、連続性がないということがあると思う。

     『いま語る戦後教育』村田栄一編 1996(社会評論社)


「週1回の理科の実験、1回ごとに完結だから毎回同じスタートでできる連続性がない=

安心感。きょうもおもしろい、来週もおもしろい。休まないで来る、それだけの話」

徹底的に楽しさ・おもしろさに純化し、いまのおもしろさを追求していく。つまり、楽しくてわからない授業の追及を叫んでいるのだ。その意志は長男の昌浩さんに受け継がれている。

 

今からちょうど40年前、数学界でも同様な議論がなされていた。

ぼくが所属していた民間教育団体数学教育協議会内部で、『楽しい派=授業は楽しいだけでいいVSわかる派=授業は楽しいだけではだめだ』の激烈な討論が巻き起こっていた。その時、数学教育協議会の代表、我が師遠山啓は、次のように述べ、この議論は収束を見た。

 

「楽しいだけ」の「だけ」という言葉のなかには、すでに「楽しさ」への軽蔑、不安、自信のなさが含まれている、といったら言い過ぎになるだろうか。

 かりに楽しくない授業をおとなしく聞くことを生徒に強制するとき、その強制力の源泉はどこにあるのだろう。(中略)「楽しいだけ」というのは、その後に「何の役にも立たない」という言葉が続くことを予定している言い方であろう。(中略)

 「楽しいだけでいいか」などという疑問は、「楽しいだけで全くナンセンスな授業」―私はそんなものは存在しないと考えているが―現実に出てきてからでもおそくはあるまい。

『授業は楽しいだけでよい』数学教室19773月号(国土社)

                       ―続く―

 

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