No.10 2009.11.13 「アウフヘーベン2」
実情は1+1の意味がよくわからない幼稚園の子でもカレーは作れるかもしれません。逆に、1+1をテキストですらすらと回答していける子がカレーを作れないということもあったりするかもしれません。物事の善悪を5歳でつけられる子から、10歳になってやっと同レベルのことを理解していく子もいるでしょう。しかも、これは例外でしかありません。
弁証法に対する理解で常に一番気をつけたいのが「皆のスタートラインが一緒ではないこと」という大前提です。「どこから手をつけて弁証法を始めるかがその人を形成する」という大前提に立たないと、論理や方法先行型の教育論などが幅を利かせて皆それに踊らされる辞退も、免れないかもしれません。
「一つ一つの物事をしっかりみつめること」
の大切さというのが、弁証法から脱出しようとする時に肝心なのですね。
とはいえ、こんなことを書きながら、僕自身の勉強の足りなさを「僕なりに勉強しているから」と言い張るつもりもありません(汗)。弁証法で培われてきた諸学問の恩恵を受けている現代の生活ですから、無視するわけにはいきませんし...
フレネの子の成長、それは、自分の今までの人生と、フレネと関わってからの人生の温度差(選択登校という概念自体、新鮮味のあることでしょう)に、どう総合定立をつけていくかということにも見られるのではないでしょうか。
アウフヘーベン(弁証法)というものの見方、面白かったでしょうか?
