No.13 2009.12.3 「人間性」
代表のブログにおいて「人間性の向上」というテーマが成り立たないという記事がありました。
しかし、「人間性とは一体何か?」という疑問が残り、哲学書や宗教書を読むことのお勧めへと張りいます。
この問題に対して「哲学は果たしてどういったものの言い方をするのか」というような観点から見てみると、わかったようなわからないような気分になれます。
さて、人間とは何かという問いは「人間性」という言葉にあるとおり「性質」を扱うわけです。ただ、そこで「人の性格なんてそれぞれだ」と簡単に言い切ったままでは哲学科の名折れです...orz
他の諸物、動物と人間との「差異」とは一体なんでしょう。物と動物との差は、例えば「自分から動くか、外からの働きかけで動くか」といった様な簡単なアイデアや「成長したりするか」などで区別できるでしょう(決して存在意義の優劣という意味での「差」ではありません)。人間と他の動物との区別なら「言葉を使うか」といったものが月並みでしょうか。
例えばイルカの様な頭脳として人間と同等の考察力を盛っていたりという動物もいるとは思えますが、やはり人間とは違います。イルカはものづくりしたり、戦争したり、お祈りしたり、料理したりしませんよね(笑)
お祈り、戦争、お料理、ショッピングなどは、はたしてどういうことの「ために」行われているのでしょうか。私達は、朝7時に、何の「ために」(論理的理由付け)起きるのでしょうか。はたまた、普段「丸々がいい/よくない」(価値観)「丸々がしたい/したくない」(主張)といった様なことを言ったりしていますが、それは何に基づいているのでしょうか。
もし、人間性というものが、他の動物と同じものの中にあって(五体満足であるとかの条件)際立つことができるだとすれば、まずは、まず第一に言葉を持っているからに他なりません。それと同時に、物事の前後関係を(パブロフの犬レベルではなく)捕らえ、再構成したり(物語を受け継いだり)して培ってきた「論理性」が出てきます。
次に、自分の持っている境遇を変えるための所有物の交換や、お金を理解するための「価値観」がでてきます。
あとは、感情であるとか、表現の多彩なこと、他にも「人間くさいもの」を集めたりすれば人間性は更に性格として濃くなるかもしれませんね(笑)
1、 言葉、論理性
2、 価値観
3、 表現(感情)
2へつづく
